専門家に聴く
Vol. 5
カフェのお客様
その前に、認知症について、どんなイメージを持っていますか?
実は、物忘れが主体ではない認知症もあるんです。具体的にいうと、アルツハイマー型認知症は物忘れが主な症状といわれていますが、そうではないアルツハイマー型認知症もあります。レビー小体型認知症の場合には物忘れではなくて、幻覚や幻視などの症状が前面に出ることがあります。さらには全身にその影響が及び、たとえば自律神経障害による起立性低血圧や食後低血圧、臥位高血圧という症状が現れることもあるんです。
認知症の症状としてよくイメージされる物忘れは、記憶力という脳の機能の低下によって起こります。一方で注意力が低下するとボーっとすることが多くなります。人の話はアタマに入りません。あたかも物忘れのように見えることがあります。この場合本質的な物忘れではありません。
人は寝ているとき体に力を入れづらい。それは獲得した機能。でも認知症によってその機能が低下することがある。睡眠中の大声で話したり、立ち上がって歩きまわる、場合によっては物を壊したり、暴れたりする、こともあります。あるいは全身への影響について、先の起立性低血圧は立ち上がると急激に低下する。ひどい場合には倒れたり、失神することもある。食後低血圧は、食事中に血圧が急に低下する。そのせいで食事をしながら眠ってしまう人もいるんですよ。
それもちょっと違っていて、一番最初に気づくのはおそらく自分自身です。認知症を自覚して、自分から受診しにくる人もいま増えています。でも、いまの文化では、それを明け透けに人に伝えづらい。隠すのが当たり前かもしれません。
また、認知症になるとすぐに何を言ってもわからなくなる、というのも誤解です。自らクリニックを受診する。そこで認知症の検査としてよく行われる簡単な検査をする。問題はありません。なのに、詳しい検査をすると認知症だったというケースもあります。
おそらく、そうです。そのとき、自分がこの先どうなってしまうのかという恐怖感で苦しむ。サポートが必要です。しかしその適切な理解とサポートはまだ不足しています。いまや認知症は、誰もがなる可能性があると言っても過言ではありません。そして認知症は治せません。認知症になってどう自分を生きるのか。だからこそ、誰もが“自分ごと”として認知症を捉えることが必要な時代なんです。
周囲の人々に一切頼らず、ひとりで生きられる限界は比較的早く訪れる場合がある。認知症でなくても、足腰が立たなくなったら、誰かがそばにいなければ生きていけないでしょう。そう考えるとソフトランディングするために、おひとりさまには周囲の人との関係性、ネットワークが不可欠です。
認知症になると、そのスティグマ(烙印、偏見)から、これまで培っていた関係性を無理矢理削り取られることも少なくありません。例えば、周りの人が仕事を辞めるよう勧めたために、職場という社会から切り離されたり、近所の人が寄りつかなくなったり。しかしその一方で、新たな関係性が生まれるはずです。どういう関係性かは別として。
ひとり暮らしをしている。認知症になる。誰かが心配して訪れる。そのときに家のなかが散らかっている、話もかみ合わない。「あの人は認知症になっている。徘徊して行方不明になるかもしれない。近くに親戚もいないようだし、心配だから施設に閉じ込めておくべきだ」などと、本人の希望を超えて、善意から行政に進言されないとも限りません。
私は、周囲が認知症の人ときちんと向き合うかどうかが、認知症の人が人生の主体者として生きていけるか、それとも客体として扱われる対象になるのかの、ここが境目になると考えています。人生の主体者として生きるためにも、まずは自分が認知症という疾患をきちんと理解するとともに、周囲の人にも認知症へのスティグマのない理解の仕方で、「認知症になってどう生きるか」について深めてもらい、新たな暮らしを見つけてもらう必要があります。
2つ目は、“認知症適齢期”、つまり認知症になる前から、本当の自分との、地域社会とのつながりを作ること。かつては当たり前のように、身近な隣近所とのつきあいがありました。ところがいまは、仕事場と生活の場があまりにインディペンデントでバラバラです。
そうです。利害関係を超えるような、本当の自分との、人々とのつながりがあればいいんです。いまの仕事友達でもよいかもしれない。飲み友達でもよいかもしれない。参考になるもの、あるいは自分が認知症になったらなおさらですが、とても役に立つものがある。それが、ピアサポート。同じ悩みを抱える人、つまり認知症の人同士の支え合い。これが3つ目です。その一環として、認知症の当事者が「認知症と生きる」ことをテーマに情報交換や情報発信をし、交流することを目的とした「3つの会@web」というサイトもあります。掲示板への書き込みは8割以上が認知症の当事者です。認知症の人ならではの生活上の工夫や悩みなども発信しています。もちろん、ピアサポートをサポートする存在も必要です。
4つ目は、将来の意思決定をし、それを誰かに伝えることです。相続など財務的な問題はもちろん、どのようなケアをして欲しいのか、死んだらどうして欲しいのかを決めて、きちんと伝える。例えば、「オレは白玉が嫌いだから、自分で食事ができなくなっても、絶対に食べさせないで欲しい」なんてことも、ちゃんと伝えるべきです。嫌いなものを食べさせようとして暴れる。ある意味であたりまえの行動です。しかし「認知症であるが故の異常な症状」とされ、薬付けにされたり、拘束されるなんてことも起きかねませんから…。
認知症の人が怒ったり、暴れたりした場合、当たり前ですが、そこにはちゃんと理由がある。そこを端折らずに、周囲の人々の当たり前の理解がある。そういう、認知症の人と向き合える世の中になって欲しいと思っています。それは認知症であろうが、なかろうが大切なことです。