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プラチナライフ

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Vol. 6

生まれる人より死亡者が多い「多死時代」だからこそ、
みんながもっと真剣に終末期のことに向き合うべき

村田幸子さん

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村田幸子さん
福祉ジャーナリスト
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立教大学文学部英文学部卒業。
NHKにアナウンサーとして入局。スタジオ102、NHKニュースワイドなどの報道番組のキャスター・リポーターなどを経てNHK解説委員(厚生行政担当)。
中央社会保険医療協議会委員、身体障害者福祉審議会委員など務める

現代は、誰もが「老いの暮らし」を考えなければならない時代

福祉の専門家として、おひとりさまが歳を取ったときに抱えるであろう医療や介護の問題について、どのようにお考えですか。

日本の医療・介護問題について語る村田さん

  現代は、誰もが「老いの暮らし」について真剣に考えなければならない時代だと思うんです。私たちより前の世代、つまり三世代同居が当たり前だった時代には、歳を取ったときにどう暮らすかなどということを考える必要はありませんでした。でも、いまは違う。おひとりさまだけではなく、家族がいる人も子どもが独立し、つれあいに先立たれたら、いずれはひとりになるんです。にもかかわらず、私たちには、老いたときにひとりでどう暮らすかというノウハウを持っていません。

 

 

そうですね。気になるのは、日本の政策が、在宅医療・在宅介護の方向に向かっていることです。これは家族がいてはじめて成り立ちうるものではないかと…。

  確かに、これまでの高齢者保健福祉政策では、介護が必要な状態になっても自宅で暮らし続けられることを前提に在宅の介護サービスを提供してきました。ですが、ひとり暮らしや高齢者だけの世帯の場合、いまの介護保険制度では24時間安全安心のサービスは保障されません。そのため施設に入らざるをえないのです。

 その一方で、できるだけ長く自宅で暮らしたいと考える人も多い。そこで、いま検討されているのが「地域包括ケアシステム」です。これは、団塊の世代が75歳以上、つまり後期高齢者になる2025年を目途に、「重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される」ことを目指しています。

 

現段階で、介護保険利用者の8割超が後期高齢者。さらに、団塊の世代が後期高齢者になったら制度が立ち行かなくなりそうですよね…。

  医療や介護のサービスが追いつかなくなる可能性は極めて高いです。そのような財政性的な問題に加え、核家族化や介護する家族の高齢化といった問題もあることから、地域住民がお互いに支え合って介護を担おうというのが「地域包括ケアシステム」の狙いでもあるんです。

 介護や医療はそれぞれの専門家に任せるとしても、たとえば歳を取って身体が思うように動かなくなると、電球を取り替えるのも大変だし、大根とキャベツと牛乳のような重い買い物もできなくなるでしょう。普通に暮らしていくうえでも、誰かの助けが必要な場面が増えてくるのです。もちろん、お金をかけてヘルパーさんに手伝ってもらうこともできるでしょう。ですが、地域住民同士の支え合いがあれば、お金をかけずに、住み慣れた自宅で暮らすことができるはず。そういった「暮らしの支え」がないから、必ずしも要介護の状態ではないのに、施設に入らざるをえない人も少なくありません。

 

地域は案外手強い。でも、地域のつながりは大切

地域での支え合い…。大切だし、必要なことだとは思うのですが、おひとりさまの場合、仕事中心の生活を続けてきて、地域との関わりをもつチャンスがなかった人もおおぜいいます。私自身、地域とのつながりは、ほとんどありません。いったい、どうしたら地域に入っていけるのでしょうか?

う~ん、地域って案外手強いんですね。私たちのような働き続けてきた女が、いきなり地域にソフトランディングすることは簡単ではないんですよ。

 

それをわかってくださる専門家の方がいらして良かった! 「地域で」とか「地域が」と言われると、正直なところ、すごく困ってしまうんです。

毎月1回、地域の方や友人が参加する「土曜サロン」を開催

  でも、やっぱり「地域」は大切なんです。だから、まずは「手強い」ということを認識すべきでしょうね。そのうえで、仲間に入る努力をする。まずは「こんにちは」と挨拶するだけでもいいのではないでしょうか。そこから少しずつ話をするようにして、多少なりともコミュニケートできる間柄さえ作っておけばいいんです。だって、いずれはみんな年を取り、子どもが巣立ち、つれあいに先立たれて、おひとりさまになるんです。その時には、相手も「あの人とも助け合おう」と考えますよ。そのためにも、どこにいても、周囲の人とコミュニケーションができる人間関係を作っておくことは大切だと思いますね。

 それと同時に、いざというときに助け合える「心のネットワーク」も作っておく。それは、ご近所さんでなく、仲のいい友人でいい。できれば、助けが必要な時には電話をするとすぐに来てくれるよう、近くに住んでいたほうがいいでしょう。

 

お話をうかがって、おひとりさまには、手強い地域に立ち向かうより、近居生活が現実的のような気がしてきました(笑)。

  ただ、ひとつ言えることは、地域再生なくしては「地域包括ケアシステム」は崩壊してしまうということです。そもそも医療と介護だけあれば、高齢期に安心して暮らせるわけではありません。先ほどもいいましたが、高齢者が自分の家で安心して暮らし続けるには、身の回りの世話や家事、病院のつきそい、話相手のような暮らしの支えが不可欠です。それは地域社会がお互いのことを気遣い合い、助け合う気持ちがあればできること。もっと言えば、人間としてごく当たり前の、まっとうな姿です。地域再生は、それを取り戻そうとする非常に大切な取り組みです。医療や介護は、法律を変えたり、財源をつければ、まがりなりにも動きます。でも、人々の意識改革には時間がかかる。だからこそ、一刻も早く取り組まなくてはならなりません。

 

「まさかの時」に備えて「延命治療の意向宣言文」を持ち歩く

 

 おひとりさまが、いまから準備しておくべきことには、ほかにどのようなことがありますか?

 「まさかの時」への準備でしょうね。私自身は、自分が孤独死しても構わないと思っているんです。ひとりで死ぬことは怖くないし、恐れてもいません。ただ、それによって友人や親戚に迷惑をかけたくはないですね。そのためにも、まさかの時に備えて、身ぎれいにしておくことが必要だと思うんです。

 たとえば、自分には、どこに、どんな資産があるのかを書き記したものを信頼できる人に託しておく。私が死んだ場合、母を除けば身寄りがありませんから、そのときに母もいなければ自宅も財産も国庫に入ることになるでしょう。でも、ずっと仕事をしてきて築いた大切な財産だからこそ、自分が応援したいと思う活動に寄付して、有効に使ってもらいたい。元気で体力があるうちに、その道筋を作っておきたいですね。

 

もうひとつ気になっていることがあるのですが、病院などに入院する際の保証人や、手術など医療行為に関する同意についてです。これは友人でも大丈夫なのでしょうか? 認知症や意識障害などによって自分で判断できなくなった場合には、「配偶者、成人の子、父母、成人の兄弟姉妹、孫、祖父母、同居の親族またはこれに近親者に準ずると考えられる者」からの同意を得られるとされています。シングルの場合、家族がいない人もいます。

  友人でも入院時の保証人にはなれますよね。というのは、医療機関が保証人をも求めるのは、治療費が払えるのかどうかというお金の問題があるからです。お金の問題に心配がなければ、保証人は身内でなくても大丈夫です。一方、医療同意は「本人の意思を最も知りうる人」か、「本人の意思を合理的に推測できる人」か、「本人にとって最善の利益を図りうる人」である必要があります。その条件に当てはまるのであれば、家族でなくてもいいはずですが、法律ではそうはなっていないようです。

 

医療の現場では、本人が判断できず、家族もいない場合には、どうしているのでしょうか?

  最終的には、医師の判断に任されるようです。そのときには、友人など、その人をよく知っている人が、たとえば「延命治療はしたくないと言っていた」などといった情報提供は、医師が判断するうえで役に立つと思うんです。

 私の友人で、「特養ホームを良くする市民の会」理事長の本間郁子さんは、いつでも健康保険証と一緒に「延命治療の意向宣言文」を持ち歩いているそうです。それは5㎝×7㎝のカードのようなもので、「延命は必要ありません。人工呼吸機はしません。胃瘻はしません。心臓マッサージはしません。AEDはしません。薬物療法はしません。上記を尊重してくださった方に感謝します。」という言葉と、書いた日付、名前が書いてあります。それを年2回、お正月と誕生日に書き換えるそうです。理由を聞いたら「自分の生き方を明確にしておきたかいから」と言っていました。

 

それはいいですね。参考にさせていただきます。でも、個人的には、もし助かるようならAEDはやって欲しいかも…。それと「意向宣言文」を書いていても、家族が延命を希望する場合もありそうですよね。

  それで医療現場も困っているんです。家族が「そんなものは無視して、少しでも長く活かしてください」ということが多々あるのだとか…。でも、やはり本人の意志は尊重すべきではないでしょうか。本人が「延命治療をしたくない」と望んでいるなら、家族の思惑で生かし続けるべきではないと思うんです。

 

  もうひとつ言わせてもらえば、これはおひとりさまに限ったことではありませんが、みんながもっと真剣に終末期のことに向き合うべきだと思うんです。こういう話は、身体が弱って現実的な問題になってからではできないんです。笑いながら「それもいいかもね」で済ませされる段階でするべきことだと思うんです。それに、昔は自宅で亡くなる人が多かったから、「死」が身近にありましたよね。でも、いまは8割が病院死。「死」は暮らしのなかに入ってきていません。

 

 その一方で、いまの時代は、生まれる人より死亡者が多い「多死時代」です。みんなが看取りや終末期医療にもっと関心を持つとともに、もう少し死を身近に感じたうえで、どう生きるか、どう死ぬかを真剣に考えて欲しいと考えています。

 

本当にその通りだと思います。

(後編に続く)

http://oh-smilecafe.jp/pl/309/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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